びじゅチューン!「指揮者が手」とは
びじゅチューン!は、NHK Eテレで放送されている5分間番組です。
古今東西の美術作品を、アーティスト・井上涼さんの作った歌とアニメーションで楽しく紹介してくれます。
(びじゅチューン!の公式サイトはこちら)
「指揮者が手」はびじゅチューン!の作品のひとつです。
芸術家・高村光太郎の彫刻「手」がモデルです。
「手」は東京都国立近代美術館に所蔵されているブロンズ彫刻で、1918年(大正7年)高村光太郎が35歳のときに作られました。
高村光太郎自身の左手がモデルになっているそうです。
「指揮者が手」は、わたしが受講したNHK文化センターの講座「~井上涼さんとプロデューサーが語る~『びじゅチューン!』制作の舞台裏」で、作品を作る過程を説明してくださったときに例となった作品でもあります。
(講座の受講レポートはこちら)
「指揮者が手」のお話の内容
ブロンズ彫刻の手さんは指揮者です。
ボッティチェリ高校の生徒さん、どじょう、唐獅子さんがメンバーのオーケストラを率いています。
熱い思いを持ちながら、ていねいに優しくニュアンスを伝える音楽を奏でます。
びじゅチューン!「指揮者が手」のせつなさの源
「指揮者が手」をくり返し見ていると、穏やかで明るい曲とアニメーションなのに、せつない気持ちになります。
そのせつなさはどこからくるのかを知りたくて、またくり返し見てしまいます。
「~井上涼さんとプロデューサーが語る~『びじゅチューン!』制作の舞台裏」講座で、井上涼さんが、高村光太郎の詩も参考にしてアニメーションを作ったという話をしてくださいました。
「梅酒」という詩が素敵だと井上さんがおっしゃっていたので、わたしも読んでみたくなり、高村光太郎の「智恵子抄」を読んでみました。
「指揮者が手」と高村光太郎の「智恵子抄」
「智恵子抄」は、妻・高村智恵子に関する詩、短歌、散文が収められた高村光太郎の詩集で、妻と死別して3年経った1941年(昭和16年)に発表されました。
洋画家・紙絵作家としても知られる高村智恵子は1931年(昭和6年)に統合失調症を発症し、療養や入院加療をしましたが、肺結核のため1938年(昭和13年)に亡くなりました。
「智恵子抄」には、妻・智恵子との結婚前から死別後まで、さまざまな場面を詠んだ作品が収められています。
特に智恵子が病んで以降の作品は、胸をじわじわと、強くにぎりしめられるようなせつなさとまっすぐさを感じました。
「智恵子抄」を読んでみると、「指揮者が手」のアニメーションについて「井上さんはこういう意味で描かれたのかな?」と気づくことがいくつかありました。
「ててて」の文字になっている鯰(なまず)は、1926年(大正15年)に作られた木彫「鯰」と、同年に書かれた詩「鯰」からきているのでしょう。
生身の姿の手さんとつながれていたけど消えてしまう色白の右手は、智恵子の右手なのではないかと思います。
手さんが舞台でテルミンに向かって歩いていくときの背景は、詩「風にのる智恵子」「千鳥と遊ぶ智恵子」にも描かれた九十九里浜ではないでしょうか。
智恵子は療養のため九十九里浜で過ごしていた時期があり、高村光太郎は毎週、妻の元に通っていたそうです。
そして、画面にはじける黄色の粒は、智恵子の臨終の情景を詠んだ「レモン哀歌」をふまえた表現ですね。
「智恵子抄」の「梅酒」とわが家の13年物の梅酒
「梅酒」という詩は、妻が自分のために作っておいてくれた梅酒を見つけた光太郎が、亡くなった妻を思いながらひとり梅酒を味わう情景を詠んだ作品です。
井上涼さんは、この詩に惹かれて「指揮者が手」のアニメーションの中に梅酒の青梅がぷかぷかと浮かぶ場面を描かれたそうです。
詩に登場する梅酒は10年物ですが、わが家に13年物の梅酒があるので、ご参考までに写真を載せてみます。
詩にもあるように、まさに「琥珀」色です。
この梅酒は、わたしが結婚1年目のときに、夫の祖母と一緒に仕込んだものです。
梅酒ができあがる頃に娘を出産したので、一緒に味わう機会がないまま時間が過ぎました。
放置気味になっていた梅酒ですが、夫の祖母がひそかに梅を引き上げておいてくれました。
夫の祖母が他界した後、梅酒がわが家にやってきました。
少し飲んでみましたが、濃厚でやさしい味わいでした。
夫の祖母は、曾孫となる娘をとてもかわいがってくれていましたので、この梅酒は娘が20歳になるまで大事にとっておくことにしています。
詩「梅酒」の中で、梅酒は夫婦の愛情の象徴となっていますが、わが家でも梅酒はあたたかい愛情の象徴です。
高村夫妻がそれぞれ影響を受けた芸術家
びじゅチューン!「指揮者が手」の解説パートで、高村光太郎がオーギュスト・ロダンから影響を受けたことが紹介されています。
ロダンといえば、びじゅチューン!でも「地獄の門」をモデルにした「ランチは地獄の門の奥に」という作品があります。
「智恵子抄」によると、光太郎の妻・高村智恵子はポール・セザンヌに傾倒していたそうです。
セザンヌといえば、びじゅチューン!でも「りんごとオレンジのある静物」をモデルにした「出会えないりんごとオレンジ」という作品があります。
びじゅチューン!の作品同士で、こんなつながりを知るのも楽しいですね。
「指揮者が手」でわからない言葉の意味調べ
主に娘の持っている国語辞典を使って、言葉の意味調べをしてみました。
ニュアンス
「〔英語 nuance〕言葉・色・音などの微妙な感じやちがい。」
引用元:三省堂 例解小学国語辞典 第六版 特製版(三省堂)
テンダリー = tenderly
「主な意味 優しく、親切に、柔らかく、そっと」
引用元:Weblio
アンダンテ
「〔イタリア語〕〔音楽で〕曲を演奏する速さを表す言葉。『歩くくらいの速さで』『ゆるやかに』の意味。」
引用元:三省堂 例解小学国語辞典 第六版 特製版(三省堂)
テルミン
「テルミン(ロシア語:Терменвоксチルミンヴォークス)は、1919年にロシアの発明家レフ・セルゲーエヴィチ・テルミンが発明した世界初の電子楽器である。」
「テルミンの最大の特徴は、テルミン本体に手を接触させず、空間中の手の位置によって音高と音量を調節することである。」
引用元:Wikipedia「テルミン」
「指揮者が手」というだけあって、「て」のつく言葉が至るところに散りばめられています。
手さんは、どこまでも優しく、柔らかく、ゆるやかな音楽を奏でようとしているんですね。
【おまけ】「指揮者が手」に登場するびじゅチューン!作品のキャラクター達
タイトルコール前
「何にでも牛乳を注ぐ女」、「立体曼荼羅マスゲーム」のベテラン調理師さん
「火消が来りて笛を吹く」、「夏野菜たちのランウェイ」、「噴火する背中」のママさん
「転校しないで五絃琵琶」、「ベーカリー空也」、「サグラダ・編みリア」のさーちゃんのお母さん
本編
「アイネクライネ唐獅子ムジーク」の唐獅子さんたち
「平熱でうらめしや」の霊村お姉さん
「委員長はヴィーナス」、「睡蓮ノート」のヴィーナス委員長
「オフィーリア、まだまだ」のどじょうさん
「ツタンカーmail」、「プロポーズはラスコーの洞窟で」、「睡蓮ノート」のさゆりさん
「ツタンカーmail」、「プロポーズはラスコーの洞窟で」のさゆりさんの彼氏
「保健室に太陽の塔」、「平熱でうらめしや」の女子高生さん
「委員長はヴィーナス」、「転校しないで五絃琵琶」、「サグラダ・編みリア」、「睡蓮ノート」のさーちゃん
他の作品のキャラクターたちが数多く登場しているのも、「指揮者が手」の魅力のひとつですね。